投稿日:2006-01-14 Sat
21歳の女子大学生・夢晨は病気にかかり、広東省第二人民医院に入院しました。医者は白血病と診断しました。医者はもし適切な骨髄提供者がいれば、手術で助かる可能性は70%だと判断しました。そこで、医者は親族を呼んで、骨髄提供をしたほうがいいというと、父親は難色を示して、こう言ったのです。「夢晨は私が生んだんじゃないんです」──。
▼貧しさのための苦しい選択
こうして、夢晨の父親探しが始まりました。病院の助けを得て、一週間後、安徽省のある小さな村で、ようやく「生みの親」とその家族を見つけました。
21年前、生みの親・楊玉礼は5番目の子供を生みました。しかし、貧しかった当時、育てる経済的余裕がなく、苦しい選択の末、その子供を病院に残し、だれか養子をもらってくれる人を探してくれるように病院に頼みました。その後、楊一家と夢晨の関係は切れてしまい、何の連絡もありませんでした。
そして21年後、運命が家族と夢晨を結び付けました。楊一家の兄弟たちは夢晨の話を聞き、なんのためらいもなく、骨髄提供のために血液検査を進み出ました。その結果、一番上のお姉さんの骨髄が夢晨のと一致したのでした。
▼「21年の人生の秘密」が明かされた日
それから2週間後、病院には、多くの記者報道陣が詰め掛けました。実は、それまで夢晨には、「21年の人生の秘密」がまだ明かされていなかったのです。そして、この日が告白の日でした。
21年間夢晨を育ててきた「父」はこう言いました。
「実は、私はおまえの本当の父親ではないんだ。おまえの母親も本当の母親ではないんだ...」
「父」の声はだんだん震えていきました。そして、マスクをしていた夢晨はあまりの突然のことに、あっけにとられ、顔には何の表情もありません。しかし、涙だけはこぼれ出てくるのです。今までの父と母は養父と養母に変わり、そして新しい本当の父と母と5人の兄弟がいるというのです。
「どうしてこんなことが私に起こるの...」夢晨はつぶやきました。
▼心ある人たちの寄付が救った命
この一部始終をメディアは撮影しました。もちろん、身内のプライベートなことを公衆にさらけ出すのはつらいことです。でも、しかたがなかったのです。
夢晨が入院してから20日あまり、すでに3万元かかっていたのです。頼みになるのは、育ての父親の長距離トラック運輸の給料だけです。これから手術には少なくても20万元かかり、手術後の保養や再検査にも多くの費用がかかります。育ての父親は、こうしてメディアで報じられることで、多くの市民が夢晨のことを知り、助けの手を差し伸べてくれることを祈っていたのです。
広州のメジャーなメディアは翌日、夢晨のことを大々的に報じました。これを見た多くの人は心を打たれ、寄付を募る人は絶えませんでした。わずか一週間の間に40万元以上が集まったのです。このうち、夢晨の学校からは15万元、格力空調広州銷售公司が10万元、そして心ある無名の人たちからの寄付が10万元ありました。
▼もう一度家族として歩みだす
手術は無事に成功し、夢晨はそこで初めて「本当の家族」と対面しました。一家は抱き締め合い、涙を流しました。
夢晨は、「今まで一度も生みの親を憎んだことはありません。でも、家族としての感情を育てるのには、少し時間がかかります」と言いました。夢晨と本当の家族である楊一家は、病気が治ってから、もう一度同じ家族として、新たな道を歩み始めるということです。
今後、回復が早くて、大きな問題がなければ、春節のあとには、学校に戻って授業を受けることができ、2年後には、普通の人と同じくらいまで回復するだろうということです。
『南方都市報』


←1日1回クリックいただけると励みになります! よろしくお願いします。
